みん様( 『なつくさや』 )より、上の作品をイメージされた創作を頂きました
自分でも「こんな感じの~~」とふわっとしたイメージで描いたロザりんをここまで̝̝文字で高めてくださるとは・・・文字書きさんの力って素晴らしいな。と改めて感動致しました。みん様、そして仲人して下さったちゃおず様(『clover field』)有難うございます。感謝!!
AZURE
目の覚めるような青。
海も空も。
白い船がゆったりと行き交うその上を、高く鳴いて鴎が飛んだ。
潮風になぶられた髪をおさえて、セイランは明るい陽光に目を細める。
「セイラン様、急ぎましょう。
到着が2時間ほど遅れております。
先方もご心配でしょうから。」
女王府から派遣された案内人が、地上車の傍で声を上げた。
「別に、僕が急いでいるわけじゃないんだけどね。」
誰かにあれこれ指示されるのは、まっぴらごめんだと思う。
そんな面倒ならここ数百年の間、嫌というほど味わった。
ある日突然、別の宇宙へ連れてゆかれて、宇宙を支える存在になるのだと大義名分をかざされて。
「まぁ、あれはあれで悪いことばかりではなかったけどね。」
今日、こうしてここにいるのも、その悪くない思い出のため。
抜けるように高い、明るく青い空を見上げて、微かに笑う。
「会いにきましたよ。」
赤い土の坂道が、緩やかに続く先。
入り江をぐるりと囲んだ岬の中ほどに、青い空にくっきりと映える白い館があった。
「我が主家にとって、とても大切な方がお住まいになったのだと、そう聞いております。
もうかれこれ200年ほども前のことですが。」
しゃんと背筋の伸びた老執事が、静かな声で言った。
館の所有者は、主星のさる名門貴族の当主であった。
聖地と特に縁のある家名でもあり、またその名は、現在の聖地にとって無視できぬ大切な人の生家を示すものでもある。
長い勤めを終えたばかりのセイランに、特に女王府から依頼があったのはその故で、事情を知ったセイランも、肩をすくめはしたものの仕方ないとそれを受けた。
「それで?
どこにあるんだい?」
セイランの冷たい突き放すような調子にも、老執事はいささかもひるまない。
穏やかに微笑して、会釈する。
「こちらでございます。」
白い石造りの、緩やかな曲線を描く階段を、セイランは先に上る。
上った先階上の踊り場に、太陽を背に剣を捧げ持つ神の、大きなレリーフがあった。
<悪くないね。>
緻密な彫は言うまでもなく、光を背負う青年の神々しい表情が、セイランの足を止めた。
「右へどうぞ。」
数段下から控えめにかけられた声に、軽い苛立ちを覚えたが、仕方ないとあきらめるくらいの礼儀は、ここ数百年の不自由な暮らしで学んでいる。
「こちらでございます。」
背の高い大仰な扉が開く。
その先の視界。
さすがのセイランも、息を飲んだ。
「紺碧…だね。」
バルコニーへ続く大きな窓は開け放たれて、そこから見下ろす海と見上げる空と。
見事なくらい、明るい青、青、青にあふれている。
小さな入り江に並ぶ、白い建物の群れは集落か。
淡い青のモザイクを施した馬車道が、明るい陽光に時々きらりと輝いて。
バルコニーへ進み、潮風と陽光にわが身を浸して深く息をするセイランの背に、
「こちらをご覧ください。」
遠慮がちの声が、かけられた。
2度目の無粋にさすがに不機嫌を隠し切れず、一言言ってやろうとくるりと振り向いて、
「こ…れ…。」
言葉を失った。
間に合わせらしい椅子に置かれたキャンバスは、ずいぶん古いものらしく、表面はすっかり曇っていたが、それでもわかった。
肖像画。
蒼い瞳の。
「つい先だって、この館の手入れに入りました職人が見つけましたものです。
いつ描かれたものか、どなたのお手によるものか、わたくしどもにはわかりかねます。
ですが、この館においでになった方のご身分を思いますと、ここに捨て置くわけにもまいりませんので…。」
守護聖の出自は、公式には伏せられる。
執事の歯切れの悪さはそのためであったが、セイランはすっぱりと言い切った。
「ジュリアス様じゃないかって、あなたは思うんだね?」
疑いようはない。
僅かながらその絵から感じる、光のサクリアの名残。
あふれる思い。
蒼い瞳の、その人はロザリア。
光の守護聖ジュリアスが、ただ一人愛した女性。
そしてこの宇宙を支える聖なる女王陛下、その人である。
もはやその作者を鑑定する必要などなかったが、もう少しじっくり見てみたいからと、セイランは人払いをした。
海風が蒼いシルクのカーテンを揺らす。
何度も筆を止めてため息をつく、金色の髪の貴公子が目の前に見えるようだった。
ジュリアスも名門貴族の生まれなら、嗜みとしての美術は身に着けていたろうけれど、思いのままに描くとなれば、なまなかなことではなかったはずだ。
なまじ見る目が肥えているだけに、思うように描けない腕にどんなに苛立たしい思いをしたことか、察して余りある。
それでも彼は、毎日毎日、ここに座って描き続けたのだろう。
「たいしたお方ですね。」
声に出していた。
「そうでもないぞ。」
懐かしいテノールが。
笑いを含んで。
「あれを描く間、ロザリアは私の傍に在った。
どれほどの幸福か…、そなたにわかるだろうか。」
わかりますよと、セイランは思う。
それはこの先、おそらくは彼自身がたどる未来。
胸の奥に生涯消せない姿を住まわせるのは、彼も同じであったから。
どこまでも高い青い空を見上げて、セイランは祈る。
この誇り高く愛しい貴公子に、どうか神の恩寵をと。
「聖地への報告は、いかがいたしましょう?」
部屋を出るなり、迎えの地乗車へ向かうセイランに、いささか慌てた様子で老執事が聞いた。
「聖地へ納めるんだね。
僕がそう言ったと、補佐官殿に伝えると良いよ。」
いつか女王が、ただのロザリアに戻る日のために。
神が間違いなく、あの二人に恩寵を垂れるための縁として。
紺碧の海は穏やかで、風も止まって凪いでいる。
時折きらりと、鏡のような海面が光る。
微笑っていると、セイランは思った。